昭和五十年十月三日
x御理解 第七十三節
変人になれ 変人にならぬと信心は出来ぬぞ 変人とは直いことぞ。
これが本当だと信ずる事をやってのける、貫いていく、私はそう言う信心のことをここで信心と言うておられると思いますね。
信心を少し分からせて頂く、少しと言うが、言うなら本当と分からせて頂く、だからその本当なことを、やってやりぬく、ああ貫かして貰う、そう言う意味を「変人」というなら信心を知らなかった時代、または信心を頂いて、いわゆる変人、変人とは変わった人とかいてあります。
いはば、人間が変わって来る、信心というならば信心のない世界で言う本当なことと、信心を頂いて言う本当なこととは違ってくる。言うならば今まで道徳的な見方、それが正直な生き方、とか本当な生き方だと思うておったところが、神様の教えをいただくと、それが道徳を越えたものである、いわゆる超道徳と言うのです。常識と言ったその常識といったもの、それが場合にはそれが非常識にみえますけれども、信心で言う常識というのはやはり超常識だという事。
昨日ある教会の信徒会長をしておられる方が先日からある難しい問題で悩んでおられた。それで此処へ参ってお伺いをなさっておかげを段々に頂いて参りましたからお礼参拝をなさって見えました。
そして、先生、ここまでのおかげを頂かれるためには、もう本当にそれこそ大変な、御修業のことであったでしょう、ご苦労だったでしょう、努力なさったことでしょうと言う意味のことを此処でいわれました。そこで私、あの時分、ようあんなことができたなあと、成る程思います。思いますけどそれが私の場合には一つもなんというですかね、努力とか苦労とかはなかったということです。
何故かというと、有り難い一心、有り難い思いでやってのけてきとりますから、ちょいともうそれは苦しかったという事がないと言うこと。いうならば好きなことを一生懸命やるのですから、おかげばいただかんならんから、ーーーにゃ頑張ったというのとは違うです。だからゆるぐ段じゃない、益々それは強いものになっておったと言うこと。へこたれると言うことがなかった、ということ。好きな事を一生懸命、一生懸命とはそこに命を懸ける。しかも一生、もう信心によらなければ助かることはできん、信心に寄らなければ人間の幸せはあり得ない。そう確信したからです。だからそこから命を懸けた。だからもう難しゅうて難しゅうてということはなくて、もういうならば有り難く、楽しく、いわゆる自分の好きなことを一生懸命やったのですから、そりゃ努力しましたとか、精進しましたとか言うには当たらない。と思うという意味のことを申しました事でした。
やはり好きこそものの上手なれで、やはり信心が好きにならにゃいけません。それも人間が絶対幸せになれる道を教えていただくのであり、いわばあの世この世をかけて幸せになれる道なのですから。一生命を懸ける一生懸命にということ、そしてそこを分からせて頂くためには、今こそ表行を致しませんけどまあ朝晩水を頂くというようなことは、もう当たり前のこととしてさせていただいたし、あらゆる修業をさせていただきました。いうならあられの行もさせていただきました。一食、日に一碗の粥食ですけども。たまにはそれが断食ということのもなりました。まあだからその当時の写真を見るとこれが私だろうかと思うくらいに、もう本当にもう押せば折れるような、倒れるようなやせ細った姿で今より年をとっとる様なかんじです。ならその時に、ああ信心ちゃ苦しい事やなあと言うようなことは感じてなかったことです。好きなことを好きな道を一生懸命精進するのですから、努力とか、苦労とかと言う言葉では当たらない、かったということです。私はならそういう風に、永年の信心はいただいとりますけど、そう言う風になれたのは、やはり終戦ということが、戦争が終わったという時点で外地から内地へ引き上げて帰って、それから私の信心が一変したという事です。初めて変人になったということがいえるのではないでしょうか。変人にならんと信心はできんと、変人とは直い事ぞ、直いと言うこと、これが本当だと言うことをやってのけるということ。
お商売でもさせていただいとります時分は一軒一軒お得意さんが出来てまいりますと、もうそこに金光様の手がかうたと言う風にしかかんじられなかったです。ですから行ったら必ずまず商売の話より信心の話でした。それでほう金光様のこらっしゃたぞ、というて、私が行くといいよりました。また話を聞かんならん、今日は忙しかけん一寸家内にしとってください。と言うようなことも、いつもそういうことがありました。もうあんたが来たらしゃちか金光様の話を聞かんならん、今日は忙しいけん家内にしてくれ、といったようなね。今から考えてみるとそれこそ強引なことでがざいましたけれども、それが本当だと分からして貰いそれをいはば伝えて行くと言うことは、此処に又一人本当な事が分かっていくと言うような、一つの思いこみから、それをそう言う風に、本当にまあ変人というか、ね、場合には馬鹿のように言った人もありました。けれどもいうなら私の変人ぶりというものを思います。それは内地に引き上げて帰りましてからのものです。
ただ神様にお願いをするという様なだけの時代の信心から、いわゆる本当に信心になっていく、本当の信心者になっていく、教祖の神様のいうならば、帰依者としての精進を本気でさせて頂く、そう言う意味で教祖様もやはり大変人でおありになったということができます。
昨日宮崎の石川さんからお手紙を頂いた。もう七十幾つのおばあさんです。大変熱心に信心をなさいます。今此処で一日から修業に入りました戎浦好恵さんのおばあさんにあたります。やっぱりこの戎浦さんどんが変人のはしりです。もうあと半年ばかりで大学を卒業するとか、もう単位もとっておる、学校からは惜しいから単位をとってしもうてから、卒業してからでも遅くない、でもよくはないかと、もう大変に進められ、お家にまで見えて、両親にまでも説得されましたけれども、それを頑としてうけられなかった。両親も本人がそう言うことですからということです。改めてお道の教師を目指さして貰うのですから、必ず大学の卒業証書は必要がないと言うことにして、この九月一日から本当の修業にはいりました。これなんか変人の走りですよね。
どんなに考えてもです、私も一応は申しました。そんなに慌てなくてもね、いわゆる卒業しましてからよいと申しましたけど、かえってそのことを思い込んどりますから、どうでも、いっときでも、早く修業に入りたい、お道の教師のおかげをいただきたいというその念願が、もう止むに止まれない事になって、大学を中途で止めると言うことに、そして修業に入った。
また事実そうです。これが終わったならば信心するとかね、ま少し楽になったらとか、暇が出来たらとか、例えばこれはお道のーー教会では大概その息子さんが、お父さんが元気で御用出来とられますから、勤めにでられます。学校の先生なんかが多いです。そうするともう何年で恩給が出るようになる、だからもったいないから、その恩給を貰うごとなってから親のあとを継いだ教会なんか絶対御比礼は立たんです。けれどもです、もうあと一年で例えば恩給が付くようになっとりますけど、いうならばなげうって、お父さんの後を継ぐような教会の在り方でなら人が助かるです。此処にきりがついたなら、これが本当だと思うたらやってのけるということです。その変人ぶりが神様が買いなさる訳です。この辺は信心の非常にデリケートなところですから、お互いの様々な事の上にもそう言う例は沢山出てくる事ですね。あれとこれをかたずけてから、こうと、いうならば自分を中心でなくて、神様を中心に参る事です。
戎浦さんのおばあさんに当たるから、大変熱烈な信心をなさいます。手紙をいつもこうやって送ってくださるんです。合楽示現活動を宮崎でそれこそ奔走しておられるのです。もうたどたどしい文章だけど、字はもうほとんど当て字です。ですからよく読めませんけど、変人ぶりを聞いていただきましょう。
親先生九月の月もいよいよ終わりとなってまいりました。九月六日宮崎に帰りまして帰らせて頂き、宮崎でも合楽の先生の話をさせて頂き皆さんに喜んで頂きました。十七日から延岡に参り延岡教会のことですね。宮崎というと宮崎教会のことです。延岡に参り二十四日まで教会の御用を頂き二十五日に高千穂教会に参り、夜一時頃まで合楽の親先生のお話をさせていただきました。
奥様が石川さんの話を頂きますとおーーのおもい先生と思われます。高ーーさん、此処の高ーーさんの事、のお子様の話やらいろいろ話させていただき、親先生のお言葉を道理にさえしていたら、おかげは一分一厘間違えありません。
このような先生を悪く言う教会がありますが、気がしれませんと話させていただきました。それから日傘良子さん、これは先日からお導きをしておられるかたです。家に行きました。この方は交通事故で失明をしておられる方です。何処の医者に行っても開眼することは出来ないといっておられる刀のです。行きましたらお不動様を拝んでおられましたが金光様のお話をさせていただきました。一度もそんな神様は聞いたことがありません。金光様は天と地の神様で天の神は父なり、地は母なり造り主、生かし主の神様でございますので眼の修繕は合楽の先生のお取り次ぎのおかげによって、よくなりますので自覚を持ってしっかりお願いしてください、といろいろ親先生のお徳の重いこと、私が聞きましたおかげ話もさしていただきましたところ大変喜ばれました。宮崎で汽車で三時間もかかりますので、いつもいけませんので、御本部から帰りましてまた行かして頂きなんとしてもおかげ頂いて欲しいと思っております。延岡教会の先生も大変に喜んでいただきましたので、この人の眼で何としてもおかげを頂いて下さるよう命がけで示現活動をさせて頂かして頂き、親先生のお徳が宮崎の隅々にまで輝かして頂きたいと頑張っております。また金光様の立ち栄へのならせて頂きたいものを今日まで数々のおかげをいただきました。お礼としてでもお役にたたせて頂きたいものと思います。十七日から延岡市、延岡、高千穂に帰り合楽の親先生の話をさせて頂き、九月二十六日まで、毎晩十二時過ぎ、一時までにもなることがありますし、先生の話をさせて頂きますと眼もさえて心も浮き浮きとして、眼も冴えるばかりで聞いて下さる元気が出て楽しゅうなります、と喜んで下さいました。
この上親先生にお願いするのは、お忙しい中に相すみませんが一度親先生のお言葉としまして一度お手紙をだしてくださいませんでしょうか。私からも親先生のことは話さして頂いて帰りました。なれども先生のお手紙ならば、特に有り難く事になったとおもいます。そのうち是非お伺いさせて頂きますようお願いするつもりです、とございます。
変人ぶりが手紙の隅々に感じられますですね。もうその行ってから、教会をずーっと回っておられるわけです。それで悪く言う教会もあるわけです。だからその悪く言う教会の気持ちが知れんとあります。それでもやっぱりいっておられる。そすと行かれると、また今晩泊まって話して行ってくれと言われるから、転々とね高千穂から宮崎あたりでは、泊まり掛けでお話をしてまわっとられる。いうならば合楽の親先生の御比礼を宮崎の隅々まで輝かさにゃならんという事でした。といったような打ち込み方、成る程、このおばあさんにしてこの孫だというような気が致しますでしょう。私は変人とはね、そういう確信したことをやって貫くと言うことだとおもうです。しかも信心のなかった時代から、信心を頂くようになってから変わったということなのです。だからこれが本当な事が、これが本当の事が分かっていくため、より本当の事が分かったのですから。
その本当のことが分かっていく喜びとか楽しみが、いよいよ有り難いもの、いうなら信心がいよいよ好きに成ってくる。好きになってくることは毎日毎日あなた方は何十年ちゅうて朝参りしよんなさるけなか、もうほんに大変な事ですねと、信心もなかなか暇と、いうならそういう、お金がないとできません、と。信心のない人は言い、また、信心のなかときには、そう思うたけれども皆さんがやはりそれを貫いておーーーれる。と言うことはもう信心がボチボチ好きになっておられるから出来るのでありやってのけられるのです。そして例えばです、私が昨日或る信徒会長さんに申しましたように、好きなことを一生懸命やるのですから、努力とか、苦労とかは思わないというくらいな信心が出来るようになったら、本当な意味においての信心ができる。しかもこれでよいということはない。もう限りなく直い。変人とは直い事とおしゃる。より本当な事に、本当な道をです、求めさせていただいて、道を求めていく。本当にいうなら変人振りが発揮出きれる様な、あの人がああ言うから、この人の手前とか、と言う風に言う間は、それは普通の人の、信心のないひとのーーかたです。そこに今は超越するところに人は変人だとか変わった人だと言うけれども、けれどもそれはより本当な事を貫かしていただいとるのですから、有り難い道はそこから開けない筈はありません。
どうぞ信心は変人に成れ、変人にならんと信心はできんとおしゃっとる。変人を目指して、信心さして貰わねばいけませんですね。どうぞ